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現採十色

体験者たちが語るホントのトコロ

CASE05:フィリピン/営業【現採の家計簿】

現地採用者の必須スキルは自炊力!?

現地食ばかりだと多分太る

私の一ヶ月の生活費はかなり安い方だと思います。その理由は、ほとんど自炊していたからです。自炊しないで現地食ばかり食べていると、多くの日本人はおそらく太ります。また、塩辛すぎる料理などがあったので、私はなるべく自炊していました。たまに、ファストフードやスペイン料理、日本料理、東南アジア全般の料理を食べるくらいです。生活費全体で6万ペソくらいですので、日本円で12万円から13万円くらいです。これでもかなり使った方です。おそらくもっと多くの日本人現地採用の方は、5万ペソ以下で生活していると思います。セブ島だとお給料が5万ペソということもあるからです。
また、私はドル口座も持っていましたが現地通貨でお給料を貰っていたので換金の必要がなく、だいたい一週間に1回、その週の生活費を現地通貨のペソで降ろしていました。3000ペソ(役6000円)もあれば何かあっても十分です。

 

自炊で1ヶ月の食費を1万円以下に

食費は自炊していたので、かなり安く抑えられました。一ヶ月に日本円換算で1万円使うか使わないかです。だいたい1000円あれば、一週間分の食材が買えます。スーパーで野菜や肉、米を買い、そこに日用品を買っても2000円くらいです。いつも土曜の朝イチか金曜の夜で接待のない日に買いだめしていました。いつも週末はどのスーパーも混雑しているからです。野菜や肉は、ちょっと家から離れた外国人向け&現地富裕層向けのスーパーで買う方が、鮮度が良かったので、歩きで行って、帰りは暑さと荷物の重さのためタクシーで帰っていました。
ファストフードは日本とそんなに変わらない値段で感覚的には100円くらい安いけれど待たされるという感じです。ジョリビーというハンバーガー店が現地人に大人気なので土日は混んでいます。たまに土曜日や日曜日に、自分へのご褒美としてレストランでお酒とコース料理を食べても3000円いきませんでした。

 

1個10円のパン「パン・デ・サル」はフワフワもちもちでコスパ抜群

基本的に物価が安いことで知られているフィリピンですが、やはりピンからキリまであります。その辺にある露店で買えば、例えば50円もしないものが、スーパーマーケットだと100円だったりするのです。パン屋などはそのいい例で、街のパン屋さんだと「パン・デ・サル」というスペインから影響を受けたフィリピンパンは1つ10円くらいで売られています。とてもフワフワでもちもちしていて美味しく、コストパフォーマンス抜群です。皆オフィスで食べていたりします。しかし、スーパーマーケットに併設されたパン屋で買うと、日本円で150円くらいします。韓国資本のパン屋などもよくテナントに入っていて、ちょっとしたセレブが買う感じです。日本のパン屋と値段が変わらないので、現地人にとってはとても高いはずです。しかし、富裕層とそうでない人々の差がとても激しいので、皆身の丈に合ったものを選んでいます。私は私服も500円から2000円くらいで買ったワンピースを着ていましたが、ブランドショップも多く入っていて高いものはもちろん数十万します。自分の貯金したい額や、生活スタイルによって買うものを決めるのが一般的です。

(R.N)

 

《R.Nさんの就労時の基本情報》
就労国・都市:フィリピン・マニラ首都圏マカティシティ
業種:日系化学商社
職種:営業
期間:2012年5月-2014年3月
年齢:26歳(就労開始時)
結婚:独身(女性)

 

その9【ツアーガイドby現採】に続く >>

 

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CASE05:フィリピン/営業【一時帰国の現採】

日本食自炊に必要なものを調達

クリスマス休暇が長いのはキリスト教国ならでは

私は一時帰国を1年に1回から2回していました。基本的に、ゴールデンウィークや夏季休暇というものはなく、有給を使って時期をずらして初夏や秋に帰ったりしていました。冬の間は有給をフルに使えば、クリスマス休暇と合わせて一週間は日本に滞在できます。クリスマス休暇は早い企業では12月23日あたりから始まります。これはキリスト教国家ならではだと思います。秋になってハロウィンの時期が終わると、街はあっという間にクリスマスカラーです。

 

日本までは4時間と近いので、休みも普段通り

私はこれといって日本に帰ったら何をすると決めていませんでしたが、家族と一緒に過ごすことを大切にしていました。ほとんど日本にいた時と同じように、テレビを見て買い物に行ったりしていました。強いて言うなら、お土産を買っていました。日本のお菓子の好きなフィリピン人女性スタッフたちのために、抹茶味のお菓子をたくさん買っていました。また、特にお世話になっている現地人の友達には、扇子を買って行ったりしました。日本では短い期間の滞在を味わうために、親友と大阪駅で会ったりもしました。特に海外に住んでいるからといって、休みが特別な過ごし方ではないと思います。4時間で着いてしまうのですから、案外日本と東南アジアは近いのだなあと感じました。

 

調味料があれば現地で日本料理が作れる

帰国する際は、入り用のものをメモにまとめて、スーパーや百均でたくさん買っていました。買うものは、だいたい調味料やレトルトの日本食です。マヨネーズは、私はキューピーのものが好きなのですが、現地で買うと倍近い値段がします。そして現地のマヨネーズは瓶入りで甘いので好みではなかったので、マヨネーズは欠かさず買いました。他に醤油、だしの素、味の素などの日本の調味料を買っていました。そうすれば、現地でも日本食を作ることができます。現地でも買えるものは代用していましたが、割高で売られているものや売られていないものは買っていました。これらのものは、現地で買うと倍の値段です。鰹節や青のりなどもお好み焼きを作るのに重宝しましたし、軽くてかさばらない高野豆腐やひじき、切り干し大根も買っていました。お粥はあると便利です。たまに会社にお弁当として日本食を持っていくと、同じ日本人スタッフや、物珍しそうに食べたがる現地人スタッフの間で好評でした。

(R.N)

 

《R.Nさんの就労時の基本情報》
就労国・都市:フィリピン・マニラ首都圏マカティシティ
業種:日系化学商社
職種:営業
期間:2012年5月-2014年3月
年齢:26歳(就労開始時)
結婚:独身(女性)

 

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CASE05:フィリピン/営業【拝見、現採LIFE- 休日】

 現地の施設やサービスを利用して休日を満喫

 地元食材を活用して自炊

私は基本的に、食材をスーパーで買って自炊していました。仕事に慣れるまでは、帰宅する前に近くのフードコートがあるスーパーでローカル色やファストフードを食べていましたが、塩分が多いのと、野菜をもっと食べたかったので生鮮食品を現地のスーパーで買っていました。日本食は持ってきたものや、家族が送ってくれたインスタント味噌汁が活躍しました。お米は現地のものと、日本米を半々の割合で入れて炊いたり、ピラフにするときは現地のお米を使ったりしていました。基本的に日本人向けスーパーには行きませんでした。家から歩いてすぐのところに大型マーケットがあったのと、物価が全然違うからです。これはどの国にも言えると思いますが、日本から輸入したものはとても高いです。

 

日本人向けの小さな図書館を重宝

現地の日本人コミュニティで作る小さな図書館があったので、そこで本を借りたりして今いた。その図書館は、日系クリニックに併設されていたので、ちょっと風邪を引いた時に寄ったりする際に、本も借りていました。DVDもあったので、私は毎週DVDを借りていました。借りている部屋には大画面のテレビがついていたので、くつろげたからです。週末は、だいたい普段より1時間遅めに起きて、まず朝食を食べてからランニング(朝や昼の公園は健全な人の目が光っているので危険の心配はありません)に行って汗をかき、そして帰ってきてからショッピングに行っていました。現地人彼氏がいたので、彼と一緒に食事に行ったり、ドライブをしたりもしました。映画館などでは、英語のまま映画が楽しめるので、英語力の向上にもつながりました。たまに、お隣に住む現地人の女性(50代で母親と同年代でした)が、ショッピングや映画に誘ってくれたので退屈はしませんでした。日曜は近くの教会に行ったりもしていました。キリスト教国ならではだと思います。

 

興味ある情報はフリーマガジンで

私は日系企業の集まるビルで働いていたので、フィリピンプライマーというフリーマガジンを配布されることもありましたし、口コミで美味しいお店や良いマッサージ店を紹介してもらうことがよくありました。フリーマガジンはウェブ版もありましたので、休日前の金曜日の夜などに見て、面白そうなイベントがないか探していました。現地に住む20代の集まりに参加して、どの店がいいかなどの情報交換もしました。あまり日本人同士で集まることを好みませんでしたが、やはり同じ日本人同士で助け合うこともできますので、一定の距離感を持って仲間を作っておくと、いろんなことを知れると思います。マカティシティにあるレガスピビレッジにある日本人のよく集まる居酒屋のある場所などは、ほぼ接待や、上司のおごりでしか行きませんでした。

(R.N)

 

《R.Nさんの就労時の基本情報》
就労国・都市:フィリピン・マニラ首都圏マカティシティ
業種:日系化学商社
職種:営業
期間:2012年5月-2014年3月
年齢:26歳(就労開始時)
結婚:独身(女性)

 

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CASE05:フィリピン/営業【拝見、現採LIFE- 住居】

危険があることを忘れず、対策は万全に

少し高くても安心できる住居へ

私の現地での生活は、フィリピン人の人事の女性が徹底的にサポートしてくれました。また、同じく現地採用として働いており、フィリピンに永住権を持って住んでいる日本人男性が、あれこれと各種支払いの方法などを教えてくれました。私は現地入りして10日間はホテルに滞在し、その間に人事の方が私の伝える予算と希望から予め見繕ってくれていたコンドミニアムに案内してくれました。私の部屋はだいたい30,000ペソで、日本円にすると60,000円強です。
私のコンドミニアムは現地採用にとっては少し高い方です。お給料も高い方でしたので、ここに住むことができました。24時間セキュリティガードのいるところでないと危ないということで、これくらいは仕方のない出費だと思います。

 

安全のため社用車での通勤が会社のルール

コンドミニアムから会社までは、治安上の問題から、毎日社用車で通っていまいした。ルールとして、基本的には行き帰りは社用車を使うことが義務付けられていました。たまに車が全部他の日本人スタッフが使用していて、帰れない時はタクシーで帰りましたが、逆に道が混雑しているので歩いて帰った方が早かったです。
現地スタッフは「ジプニー」というバスに乗って行き来しますが、バスジャック事故なども頻繁に起こるということで、私は1度しか乗りませんでした。それも同僚と一緒にです。小綺麗な服を着た日本人が乗り合わせていると、スマートフォンから財布まで全て奪われてしまってもおかしくない治安です。

 

治安については最大限注意

基本的にフィリピンは、治安が悪いことで知られていますが、マニラ首都圏の中のマカティシティは外国人も多いので、政府が力を入れて治安改善に努めているようです。ですので、どこのデパートに行っても、警備員がライフルを持ってドアを開け閉めしています。最初見たときは正直びっくりしました。しかし、テロ事件などもあったので、仕方ないことです。あまり多くの人が集まるところに行ってはいけない、中華街は治安が悪いということは、そこに住む日本人なら誰でも知っていることでした。また、接待などで遅くなる時も必ず私を先にコンドミニアムまで送ってくれてから、他の上司が帰ったりしていました。日本のように女性一人で夜中に外を出歩くことは、とても難しいです。また、花売りの少年や少女が来ますが、彼らのバックにはマフィア組織が潜んでいるので、哀れんで花を買ったりすることはしないほうがいいと教えられました。

(R.N)

 

《R.Nさんの就労時の基本情報》
就労国・都市:フィリピン・マニラ首都圏マカティシティ
業種:日系化学商社
職種:営業
期間:2012年5月-2014年3月
年齢:26歳(就労開始時)
結婚:独身(女性)

 

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CASE05:フィリピン/営業【郷に入る現採】

ベストをつくすが、ムリはしない。フィリピン流仕事スタイル

トラブルが日常。フィリピンではお客様も寛容

私は日系企業を担当する営業として採用され、他の営業マンと同じように取引先に顔を出しては、発注書を作ってオーダーをかけるという毎日でした。しかし、うまくいかないことももちろんありました。マニラ港に船がドッキングできないほど混雑しているので、船に抜港(戻ってしまうこと)されることもありますし、荷下しする場所がないので、いつまでも倉庫に荷物が搬送されないというアクシデントも起こりました。日本と異なる点は、そういうアクシデントをある意味「仕方ない」と割り切らねばいけない精神です。良かったことは、取引先のお客様も、それを理解して下さっていて、協力してくれた点です。ローカルスタッフにオーダーを出すときは、なぜ今このタイミングで、この量を発注しなければいけないのかと論理的に説明することでギリギリ間に合えばいいという考えから抜け出せました。

 

フィリピン人はチャレンジ精神にあふれ、合理的

日本と異なる点は、やはりインフラ設備がまだまだ追いついていないので、荷物が到着しても降ろす場所がないという問題もあります。また、道が混雑していて遠くの倉庫へ運ぶのに時間がかかる点です。マニラ港の問題は、製造業や、製造業と取引している企業にとって大打撃です。商習慣の違いですが、フィリピン人の方が新しいことにチャレンジしたがっていると思います。新しい原料を使って生産してみたいなどの提案がありました。しかし、社長など幹部層が日本から来た駐在員の方が日本の古い商習慣に固執しているという点もありました。なんでも担当者のサインが必要で、その担当でなくてもできることを割り振って仕事しないという点がありました。例えば、発注書に必要なサイン。営業部の人間であれば部長でも課長でもどちらでもよく、その顧客の担当者がしなければならないものではありませんでしたが、担当者にこだわるのが日本人です。それに対して、フィリピン人スタッフは「どうして手が空いている人がサインしないの?」と口にしていました。私はこれを当然だと思います。急いでいて、代わりにできる人がいるのなら、そうした方が効率的だからです。

 

仕事は集中、おやつの時間「ミリエンダ」で息抜き

あくまで私が働いていた会社でのことですが、ローカルスタッフは全員少なくとも大卒で、タガログ語やセブアノ語はもちろん、公用語である英語も達者です。そして、日本企業の転職経験がある人が多かったです。仕事に対しては真面目ですが、うまい息の抜き方を知っています。だいたい3時か4時になると「ミリエンダ」という休息時間をとります。スペイン文化が残っているので、昼食を食べた後の軽いシエスタもありました。「ミリエンダ」の時間には、クッキーや小さなパンを食べたりします。職場のキャンティーンで悩みを相談しながらおやつを食べて、定刻まで頑張るのがフィリピン流でした。

(R.N)

 

《R.Nさんの就労時の基本情報》
就労国・都市:フィリピン・マニラ首都圏マカティシティ
業種:日系化学商社
職種:営業
期間:2012年5月-2014年3月
年齢:26歳(就労開始時)
結婚:独身(女性)

 

その5【拝見、現採LIFE- 住居】に続く >>

 

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CASE05:フィリピン/営業【現採の仕事場】

地道な顧客訪問から現地英語も営業も学んでいった

初めての営業は同行から

私の勤務時間は朝の8時半から17時半で、休憩は昼の12時からの1時間です。近くにはコンビニもファストフード店もありましたし、オフィスの入っているビルには食堂もありましたので便利でした。
仕事の内容は、プリンターや両替機に使用されているグリセリンなどの化学品の輸入と販売です。私は営業部に配属され、そこで初めて営業という仕事を学びました。最初の2ヶ月ほどは、上司や周りの先輩方に取引先に連れて行ってもらい、横で話を聞いてメモを取っていました。

 

進出日系企業の経営層と話ができる人材として期待

上司が私でもできると判断したグラフの作成などの資料作りは、適宜私に回してくれました。いったいどの商品がどれくらい売れたかを日本本社に報告しなければなりません。まだ商材のこともよくわかっていないうちは、それをやらせていただきました。そうして商材や、売れ筋のこともわかってくるようになったので、幾つかの顧客を引き継ぐことになりました。とにかく日系企業の進出が多く、日系企業の経営層と話ができる人材が欲しいということで現地採用の日本人を欲していたらしく、私は上司の顧客の一部を引き継いで担当するということになりました。足繁く通い、どの材料がいくらぐらい使用されているか、次の月の生産見込みはどれくらいかを取引先の現地スタッフと話し合う中で、語学スキルも上がりました。営業で使う用語だけでなく、専門的な化学の用語や営業トークに使う英語も習得して行ったのが3ヶ月目くらいです。

 

タグリッシュは業務を通して習得

やはり英語が公用語と言っても、タグリッシュと呼ばれるようにタガログ語と英語を混ぜて話す方が多いです。Thank you very muchという表現は、Thank youよりも丁寧な表現ですが、これを現地の英語で話すとThank you poとなります。タガログ語のpoは敬語の表現にあたるので、よくこう言った表現を使っていました。月に一回ある定例の営業会議は、皆キチンとした英語を使用しておりましたが、日常英会話ですと皆混ぜて話しています。
出張ですが、私は出張の仕事はなく、ルソン島という北部を拠点にしており、日帰りで帰れる範囲で行動していました。ですので、一番遠くても片道車で3時間です。そこまで遠いところに営業をかけに、車で行くということはそれなりの対応が必要です。取引先に信頼してもらえることが何より大事でしたので、最初は数字が取れなくても、顔を出して覚えてもらうことから始まったのです。

(R.N)

 

《R.Nさんの就労時の基本情報》
就労国・都市:フィリピン・マニラ首都圏マカティシティ
業種:日系化学商社
職種:営業
期間:2012年5月-2014年3月
年齢:26歳(就労開始時)
結婚:独身(女性)

 

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CASE05:フィリピン/営業【現採のはじめ方】

海外就職は簡単。問われるのは本当に海外で働きたいかどうか

国内の求人サイトから応募。海外就職はもう身近に

私は海外就職専門のサイトを後で知りましたが、リクナビネクストやマイナビなどの就職サイトを利用しました。転職者向けのサイトで発見し、応募したのです。日本人の現地採用者を求めている企業は、こう言ったサイトでも募集しているようでした。必ずしも、転職が日本国内だけではなく、もっと視野を広く持てるという時代なのだなと感じて驚きました。そうして、二次面接(最終面接)を受けて、渡航の意思を確認され、私は無事に内定を頂きました。渡航までは、1ヶ月の猶予期間をもらい、日用品を揃えたり、国民保険や年金制度から抜けるため区役所に行ったりして、出国の準備に追われていました。

 

面接の焦点は渡航の覚悟があるか

二次面接が事実上の最終面接で、日本にたまたま出張で帰国している上司にあたる方と面談しました。私はその面談で3時間ほどの時間を割いていただき、本当にフィリピンで働く覚悟があるかどうかを試されました。まだ行ったこともない国に働きに行くというのは、第三者から見てもとても大変なことだったのだと思います。家族の同意なども得られているか確認されました。そして、最終的に内定をいただき、就労の手続きに入りました。就労に関することは、すべてフィリピン人の人事の女性とメールでやり取りしており、就労ビザは入国後3ヶ月ほどで取得できました。就労ビザは大学の卒業証明書、履歴書が必要でしたが、無犯罪証明書は不要でした。なかなか混雑しているのか、すぐには貰えませんでした。そのため、入国から就労ビザが得られるまでは帰国できませんでしたので、あらゆるものを日本から持ってきました。洗濯物を乾かすタコ足ハンガーなどの100円均一で買ったものは大活躍しました。保険は海外旅行保険に会社負担で入っていたので安心でした。海外旅行保険を会社が負担してくれるか、くれないかはとても重要だと思います。もしないようでしたら、年間に10万円ほどが別途必要になると考えた方がいいです。特に歯科治療は対象外ですので保険約款をきちんと読まないといけません。

 

海外といえど結局は人との相性

給与ですが、私は日本円に換算して約23万から25万円ほどを貰っていました。現地通貨のフィリピンペソ立てで貰っており、銀行の預金口座もペソとドルの2つを作っていました。海外送金やコンドミニアムの家賃代などはドルで払っていましたので、ドル口座も必要だったのです。ドルの換金場所は家から近いショッピングセンター内の両替所や銀行で行っていました。
この会社に決めたのは、上司となる方がとても真摯に話を聞いてくれた点です。また一次面接の際にも、とても雰囲気が合うと思いました。フィーリングや直感は結構重要だと思います。この人と仕事がしたいな、と思わせることも重要ですし、こちらが思うことも大切だと思います。無理をしてまで合わない人と、海外で働くことはないと思います。自分が楽しめる環境は絶対に海外必要です。

(R.N)

 

《R.Nさんの就労時の基本情報》
就労国・都市:フィリピン・マニラ首都圏マカティシティ
業種:日系化学商社
職種:営業
期間:2012年5月-2014年3月
年齢:26歳(就労開始時)
結婚:独身(女性)

 

その3【現採の仕事場】に続く >>

 

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